向かいの家の犬が吠えた。
今の「ワンワン」は人間の言葉に変換しても「ワンワン」だろう。(特に意味はない。ただの憂さ晴らし)だろう。
向かいの家の犬が吠えた。
今の「ワンワン」は人間の言葉に変換しても「ワンワン」だろう。(特に意味はない。ただの憂さ晴らし)だろう。
「ここで唐揚げ弁当を食べないでください」 小原 晩 を読んでの感想。
小原 晩さんの文章はブルースだ。
女性ボーカルの唄うブルース。
荒削りの文章だけど生きるしたたかさを感じる。
生きることのしんどさ、煩わしさ。
生きるにはお腹が空く、生きるために生きる。
「唐揚げブルース」
悲しい事があった日、私は唐揚げ弁当を食べるのさ
嬉しい事があった日も唐揚げ弁当を食べるのさ
はみ出るほどのから揚げを
噛むとじゅわっと肉汁が滲み出る
まるで目を力一杯つぶると出てくる涙のような肉汁
嬉しい事があった日はママが作ってくれたような唐揚げを食べる
悲しい事があった日もママが作ってくれたような唐揚げを食べる
ママの顔なんて覚えてやいないけど
お腹いっぱいになったら窓辺に座ってタバコをふかす
oh,フライドチキン、フライドチキン、oh,フライドチキン、
フライドチキン、フライドチキン
あの日あの時こうしていれば、あの瞬間が自分の人生の大事な決断をしなければならない時だった。後から思い返してももうその瞬間はその大切な時間は戻ってこない。
自分が未熟だったが故の判断が間違いだったと気づいた時にはもう遅い。
独りぼっちで人生の夕暮れに押し寄せる孤独と後悔。
それでもまだあともう少し人生はつづく。
カズオ・イシグロの小説は深く悲しく心にささくれのように残る。チクチクとザラザラと心の奥で時々痛む。
著者の万城目学が高校生の時に現代文のテキストに載っていた文章に
影響を受ける。偶然にもその作者は
「この人のような文章が書ける作家になりたい」
と著者が思った作家「中島敦」である事を知る。
「悟浄出立」は33歳の若さで亡くなったその作家の作品の
続きを書きたいと言う思いで書いた作品だという。
「ときに高潔、ときに厳格、ときにユーモラス、さらには深みと
品格を兼ね備える中島の文章にいたく刺激を受けた」と筆者の万城目学は言う。
その言葉通りにこの作品には高潔、厳格、品格、ユーモア、深みを感じる。
大陸の雄大さとその中で懸命に生きていく人々、妖怪ども。
彼らはその雄大さの中では砂つぶのような存在だ。風に吹かれ、時代に埋もれ、忘れ去られたあまたの命のうねりは生きる事への誇りと死への尊厳を感じさせる。
この時代に生きる私たちは一体なんのために生きて死ねるのだろうか。
2026年もよろしくお願いします。
書きたい事もいろいろあるのに、
さあ、書こう、とすると頭が空っぽになる。
なので今日はキーボードの前で思いついた事を
そのまま書いてみる事にします。
これは多分まだ書いていなかったと思うんだけど、
私は50代の男性です。最初は自分が特定されるのが怖くて、
なるべくその辺のところは触れないように気を付けていたのですが、
そんな事を気にしていたらスラスラとブログを書く事が出来ない
それでも最低ラインは守りつつ気軽に書いていこうと思いますのでよろしくお願いします。
3年前に脳出血で倒れました。幸い後遺症も軽く、
左半身の麻痺と痺れはあるものの他人が見たら気付かない
程度には回復している。ただ、めまいが強くてこれは本当に辛い。
外見からは判らないから大丈夫なように見えるらしい。
それも辛い。バイクにも体の調子が良い日にしか乗れない。
50歳で普通二輪の免許を取得して、本当は250cccのバイクが欲しかったけれど、
妻が「これならいい」と言ったのが125ccのハンターカブ だった。
その時は正直あまり気乗りしなかったけれど、
今となっては麻痺した左手バイクのクラッチを操作するのは難しいし、
麻痺した左足でシフトペダルを操作するのは難しい。
その点ハンターカブ なら、カブなので左手のクラッチもないし、
シフトペダルも前後に踏み込むだけなので麻痺した足でも簡単に出来る。
なんと言ってもシフトチェンジしながらバイクを操作している気分を味わえる。
やはり妻の言う通りにした方が大概うまくいく。
女の人の直感には従う方がうまくいく。
一年で一番寒い時期がそろそろ終わります。
体調も少しづつ良くなって来ています。
今年はなるべくたくさんブログを書きたいと思います。
たまに道を歩いている鳩がいる。
私は鳩が飛ばないようにギリギリの距離ですれ違うようにしている。
それでも3回に1回は飛んで行ってしまう。
たまに道の向こう側から歩いて来る猫に出会すと逃げられないように
一定の距離を空けて目を合わさずにすれ違うようにしている。
それでも2回に1回は逃げて行ってしまう。
向こうから歩いて来る女性はほとんど道を譲らない。私も意地になって
ギリギリまで道を譲らない。それでも大抵は私が負けて道を譲ってしまう。
私が鳩や猫なら道を譲ってくれるだろうか?
道を譲ってくれる女性は優しい人だと思う。(気が弱い事も優しいに含まれる)
男性の場合は大抵は譲ろうかどうしようか迷ってくれる。
道を譲ろうとしない男性は悪い人だと思う。(例え急いでいたとしても)
結論(偏見)
道を譲ってくれる女性は優しい人。
道を譲ろうとしない男性は悪い人。